1.導入 ― “帰る”ことの意味を問う

地方出身者にとって、「地元に帰る」という言葉は、懐かしさと同時に複雑な感情を呼び起こす。
都市で築いたキャリア、家族の事情、そして地域の現実――。
近年、地方創生やテレワークの普及によってUターン・Iターンが再び注目されているが、
その決断の裏には、個人の「生き方」と「働き方」をめぐる深い葛藤がある。

過疎化が進む地域では、若者が減り、仕事の選択肢も限られる。
一方で、家族や故郷を大切にしたいという気持ちは確かに存在する。
“帰る”とは、単なる移動ではなく、自分の価値観と向き合う行為なのだ。

2.事例 ― 29歳・佐久間さんのUターン葛藤

佐久間翔(仮名・29歳)は、東京の情報通信企業で営業職として働いている。
地方の国立大学を卒業後、上京して7年。
新規開拓の成果もあり、社内での評価は悪くない。
だが、最近になって実家の父親が病気を患い、実家のある長野県へのUターンを考え始めた。

「父のこともあるし、母ひとりで支えるのは大変だと思うんです。
でも、戻っても仕事があるのか、生活できるのか……正直、怖いですね。」

地元の求人を検索しても、月収は現在の6割程度。
リモート勤務を会社に相談する案も浮かんだが、業務上の制約も多い。
「戻りたい気持ち」と「生活できるかの不安」が交錯し、思考は堂々巡りを続けていた。

3.分析 ― “家族責任”と“キャリア自律”のはざまで

佐久間さんの状況は、キャリア発達の文脈でいえばスーパーの発達理論における「確立期」後半にあたる。
この時期は職業的安定を得つつも、
ライフイベント(結婚・親の介護など)により新たな選択を迫られる段階だ。
彼にとってUターンは、
単なる転職ではなくライフロール(家族の一員・職業人)間の再調整を意味している。

さらに、シャインのキャリアアンカー理論に照らすと、
彼のアンカーは「ライフスタイル」と「自律・独立」。
都市でのキャリアは“挑戦と自由”を象徴していたが、
今、家族との関係性がその価値観を再定義しようとしている。

一方、クランボルツの計画された偶然理論は、予期せぬ出来事を学びの契機と捉える。
父の病という出来事も、キャリアを見直し、
「どこで・どう生きたいか」を再考する偶然のきっかけとなりうる。

4.支援の焦点 ― 「地元で生きる」をデザインする

キャリアコンサルタントの支援では、
“地元に戻る or 戻らない”の二項対立に囚われない関わりが重要となる。
支援の焦点は「生き方としての働き方の再構築」にある。

支援の方向性:

 1.価値観の明確化
  - 「なぜ地元に戻りたいのか」を丁寧に掘り下げ、家族・地域・自己実現のバランスを言語化する。
 2.情報と選択肢の拡張
  - U・Iターン支援センター、自治体の移住促進事業、リモートワーク制度などの現実的選択肢を提示。
 3.心理的安全の確保
  - 「どちらを選んでも間違いではない」という安心感のもとで意思決定を支援する。
 4.段階的移行プランの策定
  - すぐの転職ではなく、「月に一度の帰省」「リモート併用」など段階的ステップを提案する。

ジェラットの積極的不確実性理論が示すように、未来を完全に見通すことはできない。
だが、「不確実だからこそ選べる余白」を肯定することが、相談者の行動変容を促す力となる。

5.結語 ― “帰る”ことは、終わりではなく始まり

佐久間さんにとって、Uターンとは「逃避」ではなく「再構築」の始まりだった。
故郷で働くことは、経済的な合理性では測れない“生きる選択”である。
 「東京でのキャリアも大事だけど、父のいる町で何かできるかもしれない」
彼の言葉には、新しい物語の芽が宿っている。
Uターンは“戻る”ではなく、“新しい関わり方を創る”という能動的な行為なのだ。

地域過疎化の課題は、個人のキャリア課題と地続きにある。
キャリア支援者に求められるのは、
「地域に生きる」という選択を価値ある人生設計として肯定し、
その人が描く“地図のない帰郷”に寄り添うことである。

文:caritabito