地球は「水の惑星」と呼ばれる。
その名のとおり、表面の7割を水が覆い、海・雲・雨・氷となって絶えず姿を変えながら循環している。
しかしこの水の循環は、完全に閉じた輪ではない。そこには、わずかな“漏れ”と“補い”が存在している。
上空百キロメートルを超える熱圏では、太陽からの紫外線や荷電粒子によって水分子が分解される。
H₂OはHとOに分かれ、そのうち軽い水素原子は地球の重力を振り切って宇宙空間へと逃げていく。
これを「大気の散逸」という。つまり、地球は毎秒数百トンもの水素を失っている。
酸素は重く、地球にとどまるため、全体として「水分子」としてのバランスがわずかに崩れていくことになる。
しかし、宇宙は奪うばかりではない。
夜空を横切る流星――その正体である微小隕石の多くは氷や水分子を含み、
地球の大気に突入すると、その一部を届けてくれる。
つまり地球は、水を失いながらも、同時に水を受け取っている。
宇宙との間で、かすかな出入りを繰り返しながら、全体としての均衡を保っているのだ。
地球の海の総量(約13億8千万立方キロメートル)から見れば、この出入りは取るに足らない。
それでも、この「完全ではない循環」こそが、地球の生命を支える呼吸のようなものだと言える。
すべてを閉じず、少しずつ交わしながら存在を保つ。
それは、宇宙の中で生きる惑星に許された、ごく自然な“揺らぎ”なのだ。
やがて数十億年後、太陽が老いて赤色巨星へと変わる頃、
この循環は終わりを迎えるだろう。海は蒸発し、大気は剥がれ、
かつての金星のように乾いた星になる。
それでも今この瞬間、地球はまだ、青く輝き続けている。
失いながら、受け取りながら――儚い循環の中で、命を育みながら。
文:caritabito