むかしある国に、一つの砂時計がありました。
しかしその砂時計は、いつからか砂を落とすのをやめてしまっていました。
上にも下にも砂はあるのに、動きが止まっている。

人々は不思議がり、そして恐れました。
「砂が落ちてくれないと、次の時刻が始まらない。未来が来ないのだ」
けれど砂時計自身は、もっと深い不安を抱えていました。

「私はどの瞬間に再び動き出すのだろう。どんな未来へ砂を刻むのだろう。止まっている今こそが、最も重たいのではないか」

ある日、旅人がやってきて砂時計に語りかけました。
「なぜ動けないことをそんなに恐れるのか。
 砂が落ちれば時は進む。だが進んでしまえば、戻ることはできない。
 いま止まっている間にこそ、あなたは自らの“在りよう”を見つめられるのではないか」

砂時計は黙りました。
止まっていることが不安だったが、止まっているからこそ、未来に向けた覚悟を整える時間が与えられているのかもしれない。
やがて再び砂が落ち始めたとき、砂時計はもう迷いませんでした。
未来がどうなるかではなく、いま動き出すこの瞬間を、ただ受け止めようと思えたからです。

文:caritabito

投稿者

caritabito

寓話エッセイ『止まった砂時計』件のコメント

  1. あとがき
    砂時計の寓話は、決して昔話の中だけのことではありません。
    私たちもまた「決まらない時間」の中で立ち止まり、不安を抱えることがあります。異動、転職、進学、結婚……。行き先そのものよりも、「まだ動かない」ことに心が揺れるのです。
    けれど、砂時計が止まっていた時間を「覚悟を整える猶予」として受け入れたように、私たちもまた、宙ぶらりんの時間を無駄にせずに過ごすことができます。決まった瞬間から人は不思議と腹をくくれる。だからこそ、その前の“まだ決まらない”時間に、どう心を耕すかが問われているのだと思います。

    caritabito

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