ニュースで繰り返される不祥事や失敗の報道を目にするたびに、「なぜもっと早く謝らなかったのか」「最初に正直に言えば済んだのに」と思うことは少なくありません。けれども、それは他人ごとではなく、私たちの日常のあちこちに潜んでいる現象でもあります。
小さなごまかしから始まり、それを守るための言い訳を積み重ね、やがて取り返しのつかない大事に発展してしまう。この「嘘の連鎖」には、人間の心理や社会の構造が深く関わっています。
1.「ここまで来たら引けない」という呪縛
例えば、仕事で書類の数字を少し誤って記入してしまったとしましょう。気づいた時点で「間違えました」と訂正すれば済む話ですが、「今さら直せば上司に怒られる」と思った途端に、修正はしづらくなります。これがいわゆる“サンクコスト”の心理。誤りを認めるよりも、積み重ねた努力を守りたい気持ちが勝ってしまうのです。
2.自分のイメージを守りたい気持ち
「自分は誠実で、信頼できる人間だ」という自己像は誰しも持っています。その像と、実際に不正直な行為をしてしまった現実がぶつかると、不快な気持ち(認知的不協和)が生まれます。その不快感を和らげるために「これくらい大したことではない」「誤解されただけ」と自分に言い聞かせ、さらに言葉を重ねてしまうのです。
3.隠そうとするほど目立つ逆効果
現代は情報が一瞬で拡散する時代。隠そうとする行為そのものが注目を集めてしまいます。ネット上では「消された投稿」や「非公開にされた情報」が逆に話題となり、いっそう深掘りされる。まるで布で覆った灯りが、かえって輪郭を強調してしまうように。
4.目の前の痛みを避ける誘惑
誰しも「今日一日を無事にやり過ごしたい」という気持ちは強いものです。謝罪すれば叱責を受ける、信頼を失うかもしれない――そんな想像が、目の前にある“痛み”として立ちはだかります。そこで人は「今だけ黙っていれば、そのうち忘れられるかもしれない」と考えてしまうのです。しかし現実は逆で、その場しのぎは長期的な信頼の損失へと変わっていきます。
5.周囲の沈黙が支える構造
嘘が連鎖するのは、本人の問題だけではありません。周囲が「言いにくいから」と沈黙してしまうことで、事態は温存されます。上司や同僚、仲間が何も言わないと、「案外大丈夫なのかもしれない」と思い込み、ますます誤った確信が強化されてしまいます。
日常の小さな例から考える
こうした心理や構造は、政治や大企業のニュースに限った話ではありません。
遅刻をしたときに「電車が遅れた」とつい口にしてしまう、買い物で財布を忘れたときに「急ぎの電話があって…」とごまかしてしまう。誰もが経験のある、ほんの小さな嘘。けれど、その一歩が次の嘘を呼び、関係性を複雑にしてしまうこともあるのです。
嘘を止めるためにできること
最も合理的で、人間的な選択は「早い段階で正直に認める」こと。
「ごめんなさい」「間違えました」と言うことは、恥ずかしいし勇気も必要です。けれど、そこで信頼を失うどころか、かえって誠実さとして評価される場面も多いものです。むしろ、取り繕おうとする行為こそが信頼を崩していきます。
結びに
嘘は一瞬の逃げ道に見えますが、実際には長い遠回りになります。
社会も職場も家庭も、完璧な人間ばかりではありません。だからこそ、過ちを認め合える文化、正直に語った人を受け止める土壌が、信頼を守り、安心して生きられる社会の基盤になるのです。
文:caritabito