村には、いつも東からだけ光が差し込んでいた。朝が来れば眩しい光が広場を包み、昼になっても太陽はなぜか動かず、村を一方向から照らし続けた。家々や人々の顔は片側だけが明るく、反対側は常に影を抱えていた。影の側には草花もよく育たず、村人たちは「そこには何もないのだ」と言い聞かせて暮らしていた。

長いあいだ、誰も疑問を抱かなかった。光が照らすものこそ真実であり、影は無にすぎないと信じていたからだ。広場で語られる噂話も、光に浮かび上がった部分だけをもとにしていた。人々はその限られた断片をつなぎ合わせ、「これが世界の全貌だ」と思い込んでいた。

だがあるとき、一人の若者が口にした。

「反対側にあるものを、この目で確かめたい」

村人たちは笑った。「そんなものは存在しない」と。「光の当たらない場所は、空っぽに決まっている」と。誰も真剣に取り合わなかった。

若者は困った。村には西から差す光もなければ、影を映す鏡もなかった。外の世界に通じる地図もなく、どうすれば影の側を知れるのか、術が見つからなかったのだ。問い直そうとしても、そのための道具や視点がなかった。

落胆の末に、若者はじっと影を見つめ続けた。やがて気づいた。黒一色だと思っていたその中に、かすかな揺らぎや凹凸があることを。輪郭の一部が光に滲んでいることを。影の奥から風が吹き抜け、知らない香りが漂ってくることを。

「完全な闇ではない」

若者はそう感じた。そこには確かに、何かがある。

彼は影の細部を観察し、想像を膨らませていった。もちろん、それが真実かどうかはわからない。しかし、ただ光の当たる面だけを信じていた頃よりも、世界は広がりを持って見えた。

やがて村人の中にも、その想像に耳を傾ける者が現れた。「自分の家の影にも、確かに揺れがあった」と言う者がいた。「夜明け前に見た夢と似ている」と語る者もいた。小さな気づきや違和感は、少しずつ共有され、村に新しい風を吹き込んだ。

もちろん、影のすべてを解き明かすことはできなかった。それでも、ただ一方向の光を「全て」だと信じるよりは、影の存在を前提に暮らす方が、世界を豊かに感じられるようになった。

文:caritabito