政治において「安定」とは何を意味するのだろうか。多数の議席をもつ与党が強いリーダーシップで物事を進めることを、安定と呼ぶ人もいるだろう。しかし、世界の幸福度ランキング上位に並ぶ国々の多くは、連立政権や少数与党によって運営されている。そこにこそ、成熟した民主主義の姿が見えてくるのではないだろうか。
対話と妥協を前提とした政治
少数与党や連立政権では、一つの政党が自らの意志だけで政策を押し通すことはできない。必然的に、異なる価値観を持つ政党と対話し、妥協点を探り、合意を形成する必要がある。これは時間も労力もかかる不便な仕組みに見えるが、裏を返せば「多様な声を排除せずに政治に取り込む仕組み」でもある。
その過程を市民が見守り、評価し、ときに声を上げる。そうしてこそ、政治は社会全体を映す鏡となる。
国民が責任を分かち合う民主主義
多数与党体制の下では、「誰かが決めてくれる」という依存意識が強まりがちだ。しかし少数与党の下では、政策の一つひとつが議論と取引の産物であることが可視化される。市民は「なぜ賛成したのか」「なぜ反対したのか」を意識的に見極めるようになり、その判断に自らの責任も伴ってくる。
つまり、少数与党の政治は、市民に「政治を自分ごととして引き受けること」を促す装置なのだ。
幸福度の高い国々が示すもの
フィンランド、デンマーク、アイスランド、スウェーデン、ノルウェー――幸福度ランキングの常連であるこれらの国々は、いずれも一党独占ではなく、協議と合意形成を繰り返す政治文化を持つ。そこで培われた「参加意識」と「信頼感」こそが、人々の幸福感の土台になっている。
幸福度の高さは経済力や制度の整備だけでなく、国民が政治に参加し、責任を引き受けているという成熟のあらわれなのだ。
日本への問いかけ
いま日本も、自民党が少数与党となり、従来の多数支配の政治から大きく転じようとしている。これは混乱ではなく、むしろ国民が政治に関与し、責任を分かち合う民主主義へ踏み出す契機なのかもしれない。
「誰かが決める政治」から「共に決める政治」へ。その変化を受け止められるかどうかが、日本の民主主義の成熟度を試している。
文:caritabito