きっかけは、サザンオールスターズの2025年東京ドームライブのブルーレイだった。

懐かしいメロディーが流れる。学生時代に何度も聴いた曲だ。あの頃の私は、歌詞よりも旋律に惹かれていた。未来は広く、まだ何者でもなかった自分にとって、音楽はただ心地よい風のような存在だった。

曲が終わり、私はパッケージの裏面に視線を落とした。収録曲のリストの中に、そのタイトルを見つける。

希望の轍。

「轍」という文字が、静かに胸に残った。

私はキャリアの話をするとき、ときどきこの言葉を使う。轍とは、通ってきた道の跡。選択の積み重ね。時間が地面に刻んだ痕跡。

だが思い返せば、私の進路は決して一直線ではなかった。

大学進学は、思い通りの結果ではなかった。希望していた道ではなかったことを、いまでもはっきり覚えている。それでも私は進学した。そして「ここで自分の進むべき道を考えよう」と思った。

未来はいくらでも変えられる、と本気で信じていた。

それは、特定の職業を目指す強い決意というよりも、
「自分で選び直せる」という感覚だったのだと思う。

迷いながらも、私は自分の幅を広げるような経験を重ねていった。出会い、挑戦、試行錯誤。その延長線上で、いまの会社を選択した。

若い頃に思い描いていたゴールとは違う場所に立っている。
だが不思議なことに、違和感はない。

考えてみれば、変わったのは“ゴールの形”であり、
変わっていないのは“自分のスタイル”だった。

若い頃から一貫していたのは、
自分で考え、自分で意味づけし、
納得しながら進もうとする姿勢だった。

希望がそのまま実現したわけではない。
むしろ、思い通りにならなかったことのほうが多い。

けれど、その迷いと迂回の時間こそが轍をつくった。

そしていま、私は理解する。

轍とは、達成の証ではない。
それは、スタイルの持続の証なのだと。

若い頃の希望は、具体的な到達点だったかもしれない。
だがその奥には、「自分らしく進みたい」という衝動があった。

その衝動は、いまも消えていない。

ゴールは変わる。
環境も変わる。
役割も変わる。

しかし、物事をどう受け止め、どう考え、どう進むかという“型”は、静かに残る。

それがキャリアなのだと思う。

キャリアとは職歴の一覧ではない。
それは、変わり続ける目標のなかで、変わらずに残る自己の様式である。

希望が轍をつくることもある。
だが、思い通りにならなかった轍の上から、新しい希望が生まれることもある。

私の歩みは、一直線ではなかった。
けれど、そこには一貫したスタイルがあった。

それが私の轍であり、
その轍の上に立つことで、また新しい希望を抱くことができる。

海沿いの道を走る映像が、過去と現在を重ねる。

若い頃の私は未来を信じていた。
いまの私は、自分のスタイルを信じている。

希望は形を変える。
だが、歩き方は残る。

そしてその歩き方こそが、
未来へ続く希望の根拠になる。

轍とは、過去の跡ではない。
それは、自分らしく歩いてきた証なのだ。

文:caritabito