― キャリア成熟理論と自己効力感の視点から ―
1.導入 ― 増え続ける「キャリアの境界線上」の人たち
日本の労働市場において、20代後半〜30代前半の女性が非正規雇用で働く割合は依然高い。
ライフイベントや雇用環境の影響を受けやすく、
「正社員を目指したいが、自信がない」「何を強みにすればよいか分からない」
という声が多く聞かれる。
非正規という形態の問題は、雇用の安定性だけでなく、
「自己概念が育ちにくい構造的課題」を含んでいる。
キャリアコンサルタントには、単なる就職支援ではなく、
“キャリアを取り戻す支援”が求められている。
2.事例 ― 「正社員になりたい。でも、自信がない」
高木彩花さん(仮名・28歳)は、大学卒業後、派遣社員として事務職に就いた。
その後、契約社員として転職を繰り返し、現在の会社に勤めて2年。
正社員登用試験の案内を受けたが、不安が先に立つ。
「周りの正社員の人たちと比べると、私には誇れる実績がない気がして……」
「上司は“チャンスだから受けてみたら”と言ってくれたけど、失敗したらと思うと怖くて」
仕事自体は嫌いではない。だが、
「これまでの働き方を“点”としてしか捉えられていない」ことが、
自己理解の不足と自信喪失を招いている様子が見てとれた。
3.分析 ― キャリア成熟と自己効力感の視点から
(1)スーパーのキャリア成熟理論:自己概念の確立期
28歳は、スーパーの理論における「確立期」の初期段階にあたる。
この時期は、職業的自己概念が形成される重要なフェーズだが、
非正規雇用で職場が変わりやすい環境では、
「一貫した成長の物語」を感じにくい。
高木さんも、職務経験を“断片的な仕事”としてしか認識できていないため、
自分の強みや方向性を実感できずにいる。
(2)バンデューラの自己効力感理論:成功体験の欠如
“自己効力感”は、行動の原動力である。
高木さんは、成功体験の認知が希薄で、
「できているのに気づけていない」状態にある。
支援では、過去の経験を再構成し、
「成果」ではなく「プロセスで示した力」に焦点を当てることが重要である。
(3)クランボルツの社会的学習理論:偶然を活かすキャリア形成
非正規での多様な経験は、必ずしもマイナスではない。
クランボルツが提唱する「計画された偶発性理論」に基づけば、
多様な職場経験は“偶然を活かす力”の表れでもある。
支援では、「転々としてきた」経験を「柔軟に対応してきた」と再解釈することが有効だ。
4.支援の焦点 ― 「強みを見つける」ではなく「強みを育てる」
支援の焦点は、“今ある強みを探す”ことではなく、
“強みを実感できる構造をつくる”ことにある。
具体的には以下のようなステップを踏む。
① 職務経験の棚卸し
→ 各職場での役割・成果・工夫を一つずつ言語化。
たとえば「期限内での調整」「初めての業務を習得した努力」などを抽出する。
② コンピテンシー視点での自己理解
→ 経験の中に共通する行動特性(誠実さ・調整力・サポート力など)を見出す。
③ 小さな成功体験の再認知
→ 自己効力感を回復させるため、上司や同僚からの評価を振り返る。
④ 登用試験への準備支援
→ 「選ばれる」ことを目的にするのではなく、「選ばれても納得できる」自己理解を整える。
このプロセスにより、
“受け身のキャリア”から“主体的に選ぶキャリア”へと意識が変化する。
5.考察 ― 「肩書き」よりも「物語」を持つこと
本事例からの示唆は、
キャリアの安定とは、雇用形態の安定ではなく、自己物語の安定であるという点である。
高木さんが本当に求めているのは「正社員という肩書き」ではなく、
「自分の努力がつながっているという実感」だといえる。
キャリアコンサルタントに求められるのは、
クライエントの経験を“点”から“線”へ、
さらに“物語”としてつなげていく支援である。
正社員登用の結果がどうであれ、
「自分の言葉でこれまでを語れるようになった」その瞬間に、
キャリアはすでに形成され始めている。
文:caritabito