あるプロ野球の名監督が、こんな言葉を遺しました。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。

勝つときは、偶然や運に助けられることもある。
けれど、負けるときには、必ず何か原因がある——そういう意味です。

この言葉は、スポーツの世界に限らず、私たちの日常や仕事にも通じているように思います。

とくに3月は、年度末を迎え、どこか慌ただしい空気が漂う季節です。
業務の締め、異動の準備、新しい体制への移行。
「いつも通り」が揺らぎやすい時期でもあります。

そんなとき、職場でミスやトラブルが起きると、あとからこう振り返ることが少なくありません。

「あのとき、もう一度確認していれば…」
「少し違和感を感じていたけれど、忙しくて流してしまった…」

反対に、何も起こらなかった日も、実は“運よく事なきを得ていた”だけなのかもしれません。

だからこそ、「気づく力」と「謙虚さ」は、私たちにとって大切な守り手なのだと思います。

私の職場では、「ヒヤリハット活動」と呼ばれる取り組みを行っています。
ヒヤリとしたこと、ハッとしたこと——
事故やトラブルには至らなかったけれど、「あれは危なかったな」と感じた出来事を共有する活動です。

一見、小さなエピソードかもしれません。
けれど、その“気づき”が誰かを救い、未来の大きな事故を防いでくれる。

これは「ハインリッヒの法則」と呼ばれる考え方に基づいていて、

1つの重大な事故の背後には、29の軽い事故と、300の異常やヒヤリハットがある

とされています。

つまり、小さな「おかしいな」を見逃さず、皆で共有していけば、
大きなトラブルは限りなく減らせるということです。

ところが私たちは、ときに“慣れ”や“自信”に支配されてしまいます。

「今までも大丈夫だったから、今回も大丈夫」
「時間がないから、これくらいなら手順を省いても…」

こうした小さな油断は、悪意ではなく、むしろ責任感や効率意識の裏側から生まれるものかもしれません。
だからこそ厄介です。

事故や失敗は、特別な誰かが起こすのではありません。
ほんの少しの見落とし、ほんの一瞬の判断の揺らぎから、静かに顔を出します。

だからこそ必要なのは、「謙虚さ」だと思います。

うまくいっているときほど、慎重に。
慣れている仕事ほど、丁寧に。
「自分は大丈夫」と思わずに、
「もう一度だけ、確認しておこう」と思える姿勢。

その一瞬の立ち止まりが、安全や信頼を守ってくれるのです。

私たちは今日も、“何も起こらなかった”一日を過ごしています。

でも、それは本当に「何もなかった」わけではないのかもしれません。

誰かが声をかけてくれた。
誰かが、いつも通りに確認してくれた。
誰かが、「これ、ちょっと気になるね」と呟いてくれた。

そうした小さな行動が、
目には見えないところで、私たちの暮らしや職場を支えている。

「安全」は、どこか遠くにある理想ではなく、
今日この瞬間の、小さな“気づき”と“思いやり”の積み重ね。

そしてその積み重ねは、
組織の文化となり、信頼となり、未来を守る力になります。

私たちは、誰かのために。
そして、自分自身のために。

春の慌ただしさのなかでも、
今日もまた、謙虚に、丁寧に。

小さな“気づき”を、大切にしていきたいものです。

文:caritabito