第1章 橋を渡ると、景色の匂いが変わった

福良を離れるとき、朝のうずしおの余韻や人形座の静けさが、まだ背中にまとわりついていた。

南淡路ICから大鳴門橋へ入ると、海峡の風が車を押し返す。
淡路の光と鳴門の空気がまだ混ざり合っている――その曖昧な境目が、旅の“第二幕”の匂いだった。

橋を渡り切ると、観光地特有の渋滞が連なっていた。予定していた「道の駅くるくるなると」へ向かったが、駐車場手前から動かない。迷うまでもなく予定変更だ。

昼食は車内で軽く済ませ、時計は14時半。
湯へ向かうか、光を追うか――ほんの数秒迷って、答えは決まった。

今日の光で橋を撮らなければ、この旅は終われない。

海沿いの道を走ると、白い橋が細く浮かび上がり、観光地の気配が近づいてくる。
明日訪れる大塚国際美術館の大きな建物が見え、胸がすこし高鳴った。

やがて鳴門公園へ向かうT字路に差し掛かり、そこから再び渋滞。
残り1kmを40分かけて進む。その時間さえ、「この日の夕景が特別になる」と告げているようだった。

第2章 橋を見晴らす場所へ

駐車場に車を停めると、潮の香りが風に混じってふっと吹き抜けた。

案内板には、複雑に枝分かれする遊歩道。
目に吸い寄せられたのは、最奥にある鳴門山展望台の文字だった。

木々の間を上り続け、海が少し見えたり隠れたりする細い道を歩く。
本当に合っているのだろうか――そんな迷いを抱きながら進んだ先で、突然、視界が開いた。

白い橋桁が夕日を受けて淡く光り、海峡をまたいで伸びている。
淡路側とはまったく違う表情。光が一段深くなり、橋の骨が透けるように浮かび上がっていた。

海の上には、昨日乗ったうずしお観光船が夕方の航行をしており、白い航跡が細い線を引いていた。

太陽は稜線へ近づき、影は厚みを帯び、写真に刻まれる色が一瞬ごとに変わっていく。
坂を登ったご褒美のような景色だった。

第3章 迷い道の先で出会った夕景

展望台から戻る途中、別の撮影スポットになりそうな建物を見つけたが、裏手の扉は閉ざされていた。
どうやら入口はもっと別の場所にあるらしい。戻る時間を考えると、諦めるほかはなかった。

代わりに、小さな案内板の「千畳敷展望台 →」が目に入る。
急な坂を下り、影の深い道を抜けると、土産物屋の並ぶ開けた場所へ出た。

その一角に、千畳敷展望台の文字。
少し低い視点から見渡す景色は、先ほどとはまるで違った。

橋がゆっくりと赤みを帯び、空が金と藍の境目のような色に染まる。
角度を変えるたびに橋の表情が変わり、光が揺れ、海の面が金色に微かに震えた。

ほんの短い時間だったが、
迷った結果ここに立っていることが、夕景に深い意味を与えていた。

第4章 迷いの縁で、旅は道を教えてくれる

千畳敷のあたりが薄暗くなり、戻り道に焦りが生まれた。
舗装路が公園の入口につながるように見えたが、左右のどちらへ進めばいいのか確信が持てない。

そのとき、まだ明かりが残っている土産物屋が目に入り、駆け込んで道を尋ねた。

「この道じゃありませんよ。細い道を抜けて、左にトンネルがあります」

ぱちん、と記憶がつながる。
駐車場に来た時に見えた、あのトンネルだ。

たどり着いてみると、薄明かりの向こうに駐車場が開けていく。
戻れた安心と、地元の人のひと言に救われた嬉しさが同時に胸に広がった。

第5章 夜のはじまりと、旅人だけが見つける光

駐車場に戻ると、もう太陽は完全に沈んでいた。
海と山の稜線だけが淡く浮かび、空は“夕景”から“夜”へ静かに衣を変えていく。

その空に、細い月がひっそりと浮かんでいた。

三脚を立て、そっとシャッターを切る。
風がレンズをかすかに揺らし、光の境目がやわらかく滲む。

それは橋の雄大さでも、渦潮の迫力でもない。
旅人にだけ見せてくれる、夜のはじまりの顔だった。

第6章 湯気の向こうで、旅はほどけていく

鳴門公園を離れて南へ下ると、身体の中にまだ夕景の熱が灯っていた。
日帰り温泉「あらたえの湯」に行き、そこで少し体を休めることにした。

湯船につかると、渦潮の風で冷えた体に温かさがゆっくり沁みていった。

風呂上がり、併設の食事処は混雑しており、名前を書いて順番を待つ。
隣のお土産コーナーでは、昼間断られたRVパークの受付がいそがしそうだ。

ふと、「もう一度だけ聞いてみようか」と思った。
事情を話すと、

「電源不要なら、一般駐車場を使っていただけますよ」

その言葉が、移動の不安をすっと溶かした。
席に戻るとまもなく名前が呼ばれ、旅の体がほっと落ち着く。

少しだけ豪勢に、刺身と天ぷらの定食を頼む。
ビールの泡が静かに立ち上り、今日の光景がその泡と一緒に心の奥へ沈んでいく。

――淡路の光。鳴門の風。そして橋の夕景。
それらがゆっくりと混ざり合い、旅の夜は静かにほどけていった。

文:caritabito