光を追って南淡路へ
淡路SAを出たのは、午後二時を少し回った頃だった。
本当は島の中央部にも寄りたい場所がいくつかあった。しかし、日没までの残り時間を考えると、どれも慌ただしいだけで終わってしまいそうだった。
「今日は夕日と大鳴門橋の表情をじっくり撮りたい。」
そう心が決まると、旅の重心がスッと定まった気がした。
ハンドルを南へ切り、一気に島の最南端を目指す。
目的地は、橋を間近に望める「道の駅うずしお」。地図で見ると海峡の突端に張り出したその場所は、まるで“風景の見張り台”のように感じられた。

到着すると、まだ太陽は稜線に沈みきっておらず、残照が海を照らしていた。
急いで展望台へ向かうと、同じ光を見ようと集まった人たちの熱気があった。


夕日が残した橙と赤のレイヤーが、海峡の空に静かに広がっていく。
橋のワイヤーはその色を吸い込み、次第に影として浮かび上がる。
海の向こうには漁船の影がいくつも見え、光の帯を横切りながらゆっくりと帰路についていた。


光が弱まるにつれて、橋や海の表情は刻々と変わっていった。
もしかしたら薄暗がりの中に渦潮の動きが写るかもしれない——。
そんな期待を抱きながら、目を凝らす。
海峡の流れは複雑で、夕暮れの色と混ざり合いながら、静かにうねっていた。

ふと広角で視野を開くと、橋だけではなく、山並みの稜線、滑らかに暗くなる空、そして海の奥へと向かう船団までもが一枚の絵のようだった。
日常では素通りしてしまうその光景が、旅先では“立ち止まる理由”として目の前に立ち上がる。
やがて建物の閉館時間が近づき、屋上の展望台を後にした。
暗くなるほど、橋は語り始める

屋上から少し低い位置へ移動し、再びカメラを構える。
日没直後のわずかな光を吸い込んだ空は、青と紫が静かに混ざり合い、その上に橋のシルエットがくっきりと浮かんでいた。

橋は、明るい時間帯には“構造物”としての存在感が前面に出る。
だが、光が落ちるにつれて、そこに別の表情が現れる。
鉄骨の影は深くなり、ワイヤーは闇に沈むほどにその線を際立たせる。
主塔の角ばったフォルムさえ、どこか静かな意志のように見えてくる。

海は、昼間よりもさらに複雑な表情をしていた。
明暗の境目でゆらめく光が、海面のうねりを細かく照らし、まるで渦潮の予兆のようにも見える。
自然の力が潜んだまま眠らずに動いていることを、海峡は夜の入口でそっと教えてくれる。
“暗くなるほど、橋は語り始める。”
そんな言葉が、ふと心の中に浮かんだ。

日没後の時間帯は、橋そのものより、周囲の空気や温度、風の気配が主役になる。
観光客も徐々に減り、海峡に広がる音だけが残る。
車の走行音、遠くの船のエンジン、潮の流れる細かなざわめき。
それらが混ざりあって、音のないような、音だけがあるような、不思議な静寂をつくっていた。
シャッターを切るたび、空は少しずつ深さを増していき、一瞬ごとに写真の色調が変わる。
それを追うように夢中で撮影していると、閉館音が遠くで聞こえ、ようやく時間の存在を思い出した。
「そろそろ、行こう。」
機材を片付けながら、名残惜しさが胸に残った。
もっと撮りたい気持ちはあるが、この静けさの中で切り上げるからこそ、目の奥に残る風景が鮮やかになるのだろう。
港の夜に沈む
道の駅を出ると、空にはすでに夜が降り始めていた。
光の余韻を追いかけていた自分の時間に、そっと区切りがついたような感覚があった。
「温泉に寄って、今日はゆっくり休もう。」
日帰り温泉「さんゆ~館」へ向かう道のりは、島の夜の静寂を感じる小さな旅だった。
真っ暗な道を進んでいると、撮影の余韻が胸の奥にまだ温かく残っていることに気づく。
光を追った一日の最後に訪れる、ささやかな人間らしさ。
旅には、こういう落差があっていい。
やがて施設の明かりが見え、ほっと胸が緩んだ。
光の物語はここでいったん終わり、今度は自分の体を温める時間が始まる。
「さんゆ~館」を出ると、外はすっかり夜だった。
温泉で温まった体のまま、コンビニに立ち寄り、翌朝の分とビールのおつまみを少し買い込む。
そのまま南淡路にあるもう一つの「道の駅福良」に向かった。
「道の駅福良」に着くと、驚くほど車が多い。
港町の真ん中にあるこの道の駅の周辺は、遅い時間にもかかわらず明かりが点々と残り、人が集まる場所であることが分かる。
道の駅の建物入り口にあるクルーズ船の看板が、明日への期待をそっと灯した。
車内の灯りを落とし、ビールを飲みながら、今日撮った大鳴門橋の写真を整理する。
そのうちの一枚を家族LINEに送り、旅の余韻を胸にしばらく目を閉じる。
淡路島の夜は深まり、やがて、海の静けさに溶けるように眠りへ落ちていった。
文:caritabito