キャリア相談をしていると、二つの選択肢のあいだで心を痛める相談者に出会うことがある。
どちらか一方を選ばなければ前に進めないと分かっていても、決めきれずにいる。
Aを選べばBを失い、Bを選べばAが遠ざかる。
その狭間で立ちすくみ、「自分は優柔不断なのか」と責めてしまう人も少なくない。

だが、そんなとき私はそっとこう伝える。
「迷っているのは、どちらも大切にしたいと思っているからですよ。
 それは、どちらにも誠実に向き合おうとしている表れです」

この言葉を受け取った瞬間、表情がやわらぐことがある。
不安や罪悪感に覆われていた心に、わずかな光が差し込むように。

否定から肯定へのリフレーミング

人は葛藤の中にいるとき、たいてい自分を責めている。
「決められない自分は弱い」と。
だが、迷うという行為は本来、誠実さの証である。
どちらかを簡単に切り捨てず、どちらの価値も大切にしようとしている。
それは、人生を丁寧に生きようとする心の動きなのだ。

この気づきは、心理学でいう「リフレーミング」に近い。
同じ出来事を、否定的にではなく肯定的に意味づけ直す。
「優柔不断」ではなく「誠実である」と再定義できた瞬間、人は少し前を向ける。

自己決定の力を取り戻す

迷いの根底には、「どちらを選んでも後悔するのでは」という不安がある。
この不安は、自分の意思よりも他者の期待を意識しすぎたときに強まる。
だからこそ、「誠実さ」という言葉には、自分の選択を自分に取り戻す力がある。

デシとライアンの自己決定理論でいう「自律性」――
それは、他人の評価ではなく自分の価値観に基づいて選ぶ感覚のこと。
「誠実に向き合っている」という言葉は、その自律性を回復させる。
自分の中に、まだ信じられる軸があることを思い出させてくれるのだ。

二項対立を超えて

AかBか。白か黒か。
私たちはしばしば、世界を二つの箱に分けて考える。
しかし、本当の選択とは「どちらを取るか」ではなく、
「自分がどう在りたいか」という問いの中にある。

どちらも大切に思う――その心の奥には、
人としての優しさや責任感が息づいている。
迷いは弱さではない。
迷いは、人の温度を取り戻す時間でもある。

迷うことを恥じる必要はない。
むしろ、その葛藤こそが人を成長させる土壌になる。
大切なのは、どちらを選ぶかではなく、
どちらにも誠実であろうとした自分を、どう受け止めるか。

そしてその瞬間、
「不安」だった迷いが、「思いやり」に変わる。
そうして人はまた、少しだけ前へ進めるのだ。

文:caritabito