― 鷲羽山の午後、瀬戸内の黄昏へ
第1章 午後の入り口 ― 鷲羽山の展望台へ

鷲羽山に着いたのは、ちょうど昼ごろだった。
駐車場に車を停めると、空は澄んだ青で、海の気配がすぐそばにあった。
まずは偏光フィルターの使い心地を確かめたくて、何枚か試し撮りをしてみた。
レンズを少し回すだけで、光の反射が抑えられ、水面や車のボディの輝きが落ち着いていく。
思っていた以上に繊細で、効果の違いが面白い。

機材の感触を確かめたあと、展望台へ向かう。
階段の入り口には案内板があり、
周辺の地図と展望ポイントが描かれていた。
「第二展望台」という文字を目で追いながら、
この坂の先に広がる景色を思い描く。

階段を上ると、木々の間から海が見えた。
風が通り抜け、潮の匂いがほんのり漂う。
坂道を歩くうちに、視界の奥に白い橋のアーチが現れた。

カメラを構え、再びフィルターを回す。
反射が消えて、海面に深い色が浮かび上がる。
昼の光がゆっくりと傾き始めるなかで、
この場所の空気が少しだけ穏やかになっていくのを感じた。
第2章 海と橋の対話

第二展望台を後にして、少しずつ歩を進める。
木々の間から瀬戸大橋が顔を出すたび、
見る角度が変わり、印象も少しずつ違って見える。
まっすぐ海を横切っていた橋は、
ゆるやかに弧を描き、島影の向こうへと消えていく。

昼の光が少しやわらぎ、海の色に深みが増している。
偏光フィルターを回すと、反射がすっと消え、
波の奥に隠れていた青と緑の層が姿を見せた。
ただ光の向きを変えるだけで、
見える世界が変わっていく――そんな瞬間だった。

坂を上ると、視界がぱっと開けた。
瀬戸内の島々の向こうから差し込む光が、
海面を細かくきらめかせている。
橋はその光を静かに渡り、
風の中に柔らかく溶け込んでいた。

午後の光が傾き始め、雲がゆっくりと流れていく。
光の筋が海面をなぞり、橋をやわらかく照らした。
風の動きに合わせて、海がほんの少し揺れる。
そのたびに水面の色が変わり、
瀬戸内の穏やかな時間が続いていた。

さらに奥へ進むと、視界の下に瀬戸大橋が広がった。
車が次々と行き交い、
海の上に一本の流れをつくっている。
巨大な構造物が自然の中にありながら、
不思議と調和しているのがわかる。
人の営みと自然の呼吸が、
同じリズムで動いているように感じた。

来た道を戻る。
雲の隙間から、太陽がふいに顔を出した。
赤い光が雲を照らし、
空がほんのりと色づく。
橋の白がやわらかく染まり、
海もその光を抱きとめていた。

ふと視線を動かすと、
橋の上を小さな列車がゆっくりと進んでいた。
光を受けた車体がきらりと光り、
瀬戸の風を切る音が微かに届く。
この壮大な構造物の中を、
人々の生活を乗せた電車が通り抜けていく――
その瞬間、橋が“生きている”ように思えた。
やがて列車の姿は島影に隠れ、
残されたのは金色の光だけだった。
空も海も、そして自分の心も、
一日の終わりを静かに受け入れていた。
第3章 夕映えから黄昏へ
列車が橋を渡るのを見送ったあと、
ゆっくりと駐車場へ戻った。
車に乗り込み、
山を下り下津井方面へ走る。
曲がりくねった道の先に、
橋を真下から見上げられる田土浦公園がある――
その場所で、この日の終わりを迎えようと思った。

公園に着くと、
まず目に飛び込んできたのは奥に立つ句碑だった。
近くには松が並び、
その向こうに瀬戸大橋が淡い光をまとっている。
石面に刻まれた句には「海に月を悲しむ」とあった。
昼から追いかけてきた光が、
いまはやさしく沈んでいく。
カメラを構えると、
空の青と橋の白が静かに溶け合っていった。

句碑を離れ、海沿いの遊歩道を歩く。
少し進むと、巨大な橋脚が目の前に現れた。
真下から見上げる橋は圧倒的で、
鉄の骨組みが背後からの光を受けてその輪郭が淡く浮かび上がっていた。
山の上から見下ろしたときの橋とは違う、
“支える力”の存在を感じる。
風が橋脚の隙間を抜け、低い音を響かせる。
その音に合わせて波が静かに岸を打つ。
光と音が、黄昏のリズムを刻んでいた。

夕陽が島々の向こうに沈み、
空が深い朱に染まっていく。
遠くに伸びる橋脚が、
その光を受けて静かに浮かび上がる。
風も音も、今は遠い。
ただ、赤く滲む空の下に、
今日という時間の余韻だけが残っていた。
文:caritabito