― トランジション理論とワーク・ライフ・インテグレーションの視点から ―

1.導入 ― 増加する「ダブルケア世代」という現実

40代前後の働く女性の中には、子育てと親の介護を同時に担う「ダブルケア」状態にある人が少なくない。
厚生労働省の統計によると、ダブルケア層の約7割が女性であり、
家族のケアと職務責任の板挟みの中で、キャリアの継続を諦めるケースも多い。

両立を困難にしている要因は、制度の不備よりも、
「自分だけが頑張らなければ」という心理的孤立である。
キャリアコンサルタントは、その孤立の背後にある「責任感」「役割意識」「罪悪感」に寄り添いながら、
“誰かと支え合うキャリア”への転換を支援していく必要がある。

2.事例 ― 「仕事も家庭も手を抜けない。でも、限界です」

吉田絵里さん(仮名・40歳)は、メーカーの事務職として正社員勤務。
高校生の娘を育てながら、要介護2の母親を自宅で介護している。
夫は単身赴任中で、平日の家事・育児・介護はすべて一人で担っている。

「母の通院日と娘の学校行事が重なると、どちらも休めなくて……」
「仕事では管理業務も増えて、ミスをしないように必死なんです」

職場では周囲の理解もあるが、残業や出張が多く、
「もう両立が難しい」と感じる日もある。
「退職したら生活が不安。でも、このままでは自分が壊れてしまいそう」――
言葉の端々に、“頑張り続けるしかない”という諦めのような責任感がにじんでいた。

3.分析 ― トランジション理論と役割葛藤の視点から

(1)シュロスバーグのトランジション理論:複合的変化への適応
ダブルケアは、親の介護という「非予期的トランジション」と、
子どもの成長や進路といった「予期的トランジション」が同時進行する複雑な状況である。
吉田さんの場合、変化の負荷が高く、「状況(Situation)」と「支援(Support)」の両面で
適応バランスが崩れている状態といえる。
支援では、「自分ひとりで乗り越えなければならない」という思考を緩め、
“支援を受け入れる力”を育むことが第一歩となる。

(2)スーパーのライフロール理論:役割過多と再調整
吉田さんは「職業人」「母親」「娘」「介護者」という複数のライフロールを同時に担っており、
役割間の競合(ロール・コンフリクト)と過負荷(ロール・オーバーロード)に直面している。
支援の方向は、「どの役割を減らすか」ではなく、
“役割の再設計”――すなわち「役割間の優先順位と支え合いの仕組み」を再構築することにある。

(3)ワーク・ライフ・インテグレーションの視点:分断から統合へ
従来の「ワーク・ライフ・バランス」は仕事と生活の切り分けを前提としていた。
しかし、ダブルケアのように境界が曖昧な状況では、
「分ける」よりも「統合する」発想が求められる。
家庭・職場・地域・制度をつなげた“ネットワーク的支援”が有効である。

4.支援の焦点 ― 「抱え込む支援」から「分かち合う支援」へ

キャリアコンサルタントとしての支援は、
「何とか頑張る」から「どう支えてもらうか」への意識転換を促すことである。
具体的には以下のようなステップが考えられる。

① 役割構造の可視化(ライフロールマップ)
 → 自身の担っている役割と負担を“見える化”し、優先順位を整理する。
② 支援資源の棚卸し(4S分析)
 → 家族・友人・職場・行政サービスなど、活用できる支援ネットワークを具体的に確認。
③ 職場制度の再確認と相談促進
 → 時短勤務・在宅勤務・介護休暇など、実際の運用例を共有し、活用を後押しする。
④ 自己効力感の再構築
 → 「誰かに頼っても、自分は責任を果たしている」という肯定的認知を支援。
⑤ 感情の受容とセルフケア支援
 → 「できない自分」を責めず、「助けを求める勇気」そのものを成長の一部として扱う。

これにより、吉田さんが“支援されることを選ぶ主体”として立ち戻ることができる。

5.考察 ― 「両立」とは、完璧にやり遂げることではない

本事例が示すのは、
「両立」は理想形ではなく、日々の選択と再調整の連続であるという現実である。
吉田さんのようなクライエントにとって、
支援の核心は「すべてをうまくやる方法」ではなく、
「不完全な中で生き抜く力」を育むことにある。

キャリアコンサルタントは、“頑張る母”の背中をさらに押すのではなく、
その荷を一緒に下ろすような関わりが求められる。
そして、クライエント自身が「支えられること」を肯定できた瞬間に、
キャリアの主体性は再び息を吹き返す。

“両立”の鍵は、完璧ではなく共存。
キャリアとは、他者との関係性の中で形を変えながら続いていく「生活の物語」なのだ。

文:caritabito