――2025年ワールドシリーズ第6戦 ドジャース対ブルージェイズ
9回裏、ブルージェイズ最後の攻撃。
マウンドには佐々木朗希。
スコアは3対1。スタジアム全体が静かに息を潜めていた。
0-2からのスプリット。
ほんのわずかに食い込んだボールが、打者カークの手をかすめた。
死球。観客のどよめきが広がる。
代走ストローが送られ、場内の空気が一変する。
試合が“まだ終わっていない”ことを誰もが悟った。
続くバーガーの打球は、高く、遠く。
左中間の隙間を抜け、フェンスの衝撃音が響くかと思われた瞬間、
白球はフェンスのわずかな隙間に“挟まった”。
観客も選手も、一瞬何が起きたのか分からなかった。
外野手は追い、走者は走る。
一塁走者も、打者走者もホームへ突っ込み、
二人がベースを踏みしめた時、スタジアムは一瞬「同点」を信じた。
だが、中堅手ディーンが冷静に手を挙げる。
「ボールデッド!」
審判の腕が広がった。グラウンドルール・ダブル。
歓喜の走者たちは、一度踏んだホームベースを離れ、静かに戻っていく。
その足跡が、土の上に残る。
“もしも”の残像――、この瞬間の記憶を誰も消せない。
無死二・三塁。
ドジャースベンチが動く。
マウンドには、先発投手陣のひとり、グラスノー。
“役割を超えた出番”として送り出された。
経験と覚悟を携えた背中に、指揮官の信頼が宿っていた。
グラスノーは、初球でクレメントをポップアウトに打ち取り、一死。
打席にはヒメネス。
外角寄りの速球をすくい上げた打球は、浅いレフト前へ。
前進守備のE・ヘルナンデスが全身のバネを使って走る。
低い姿勢のまま、伸ばしたグラブに白球が吸い込まれた。
歓声が沸き上がるが、まだ終わっていない。
二塁走者が戻りきれず、ダブルプレーのチャンス。
E・ヘルナンデスは反身の体勢から、地をはうような送球を放った。
ボールはハーフバウンド。
だが、二塁手ロハスは一切慌てなかった。
冷静に身をひねり、体の横で受け止めた。
乾いた音とともに、アウトのコール。
7-4のダブルプレー。試合終了。
一瞬の静寂。
それは歓喜ではなく、呆然とした沈黙だった。
ブルージェイズファンの声が消え、遠くドジャースベンチの歓声だけが響いた。
あの瞬間、誰もが「野球」という言葉を超えた何かを見ていた。
運、不運、判断、冷静、執念。
その全てが一つのプレーに凝縮された9回裏だった。
映画なら「できすぎだ」と削られる展開。
だが現実は、その脚本を軽々と飛び越えていく。
それこそがスポーツであり、人間のドラマなのだ。
文:caritabito