1.導入 ― 働き盛り世代に訪れる“介護の現実”

50代――。
それは、多くの人がキャリアの完成期を迎えるはずの時期である。
組織での役割も確立し、家庭でも父親としての責任を果たしてきた世代。
しかし、その安定の中に、ある日突然、介護という現実が入り込む。

親の体調が崩れ、入退院を繰り返す。
最初は「しばらくのこと」と思っていたが、気づけば介護の中心が自分になっていた。
在宅勤務が難しい営業職。
出張や外回りの合間に、介護サービスの調整や通院の付き添いをこなす日々。

「もう限界かもしれない……」
そう呟く声の背後には、仕事を辞めれば生活が厳しくなる現実と、
辞めなければ親を放っておくようで罪悪感に苛まれる板挟みの苦しさがある。

“働く”と“支える”の狭間で、キャリアの意味が揺らぎはじめる。
それが、”男性ケアラー”という新たな社会課題の核心である。

2.事例 ― 52歳営業職・中島さんの葛藤

中島誠さん(仮名・52歳)は、メーカー営業職として長年勤務してきた。
妻と高校生の子ども、要介護2の母と同居している。
父の死後、母の介護を担う人はほかにいない。

「介護サービスを頼もうと思ったんですが、母が“他人を入れたくない”と言って……」
と、中島さんは苦笑する。

在宅勤務は職務上難しく、休みを取ると取引先対応に支障が出る。
妻もパートで働いており、平日の介護負担はほとんど中島さんにのしかかる。

「仕事を辞めて介護に専念したほうがいいのか……」
中島さんは何度もそう自問してきた。
だが、子の教育費や住宅ローンを考えると、離職は容易ではない。
母を思う優しさと、家族を養う責任感。
その間で、心身ともに擦り減っていった。

3.分析 ― ライフロールの衝突と“再構成”の時期

スーパーのライフキャリア理論によれば、人は人生を通じて複数の”ライフロール(役割)”を果たしている。 中島さんの場合、「働く人」「父」「夫」「息子」という複数の役割が同時に存在し、 それらが互いに”衝突(ロールコンフリクト)”を起こしている。

特に50代は、キャリアの維持・発展と家庭責任のピークが重なる時期であり、
“維持期”でありながら、”ライフ全体の再構成”を迫られる時期でもある。

このとき、支援者が着目すべきは「葛藤そのもの」ではなく、
葛藤の背後にある価値の”優先順位の変化”である。

かつて中島さんのキャリアアンカー(シャイン)は「安定」「挑戦」「成果」だったかもしれない。
だが、いまは「家族」「安心」「健康」などの新たなアンカーが形成されつつある。
つまり、彼のキャリアは“収穫の時期”から、“支える時期”へと移行しているのだ。

4.支援の焦点 ― 「支えるキャリア」を可視化する

キャリアコンサルタントが介入する際、重要なのは、
“介護を理由にキャリアを断念する”という二者択一の構図をほぐすことである。

(1)制度と選択肢の「見える化」
  介護休業制度、短時間勤務、在宅支援サービス、地域包括支援センター――。
  情報を整理することで、「辞めるしかない」という思考の硬直を防ぐ。

(2)ライフラインチャートによる再省察
  過去の仕事・家庭での充実感を振り返り、「自分は何にやりがいを感じてきたか」を可視化する。
  その中に、「支えること」や「人の役に立つこと」が一貫している場合、
  介護もまた“自己実現の一形態”として再定義できる。

(3)心理的支援 ― 罪悪感の言語化と承認
  介護者はしばしば「もっとやれたはず」という罪悪感に苦しむ。
  その感情を丁寧に受け止め、「十分にやっている」と自己受容を促すことが、
  心理的安定と意思決定の前提となる。

(4)社会的支援との接続
  介護は個人の問題ではなく、社会システムの問題である。
  家族・職場・地域を結ぶネットワーク型支援を意識し、
  「一人で背負わなくていい」というメッセージを伝えることが求められる。

5.結語 ― 「支える人」こそ、社会を支える人

介護離職は個人の決断ではなく、”社会の構造的課題”である。
だが、その渦中にいる人にとっては、日々の現実との戦いだ。

中島さんが最後に語った言葉が印象的だった。
「母を支えながら働くのは正直しんどいけど……“誰かを支える”って、やっぱり悪くないですね。」

この言葉の中には、
“支えること”が“奪うこと”ではなく、“生きる意味を与えること”へと転化した瞬間がある。

キャリアとは、成果や昇進だけで測られるものではない。
「誰かを支え続けること」もまた、立派なキャリアであり、
社会を下支えする成熟したライフロールである。

― 支える人が報われる社会へ。
それは、個人の支援を超えた“キャリアの公共性”の再定義でもある。

文:caritabito