―キャリア発達理論と心理的支援の視点から―
1.導入 ― 立ち止まるミドルたち
40代後半から50代にかけて、多くの人が「これからの働き方」を問われている。
若手の台頭と昇進機会の減少、役職定年制度の導入、そして再雇用制度によるポストの圧縮。
制度上の変化だけでなく、「自分のキャリアはこのままでいいのか」という内面的な揺らぎが、
静かに職場のあちこちで広がっている。
“氷河”とは、すぐに溶けない硬い時間の象徴である。
ミドル層のキャリアにおける「氷河」とは、過去の成功体験と未来への不安がぶつかり合い、
変化への一歩が凍りつくような心理状態のことかもしれない。
2.事例 ― 48歳係長、田代さんの迷い
田代正弘さん(仮名・48歳)は、大手メーカー勤務26年目の係長。
部下5名を抱える中間管理職として、製品ラインの品質管理を任されている。
仕事への誇りはある。しかしここ数年、若手の昇進が続き、
上司との年齢差が10歳以上開いたことに違和感を覚えるようになった。
「もう上がるポストはないんですよ。役職定年になったら、今の部下の下に入ることもあるらしくて……」
と、田代さんは苦笑する。
転職市場も眺めてはみたが、条件や年収を比べると現実的ではない。
「でも、このまま何も変わらないのも怖いんです」と、最後の言葉は少し小さかった。
3.分析 ― 維持期に訪れる“再探索”
スーパーのライフスパン理論によれば、田代さんの年齢は「維持期」にあたる。
これは、これまでのキャリアを安定的に維持し、後進指導などを通じて組織に貢献する段階だ。
しかし現代のように産業構造や雇用システムが急速に変化する環境下では、
「維持」そのものが困難になり、“再探索”の必要が生じる。
つまり、ミドル層の多くは第二の探索期を迎えているのだ。
しかしその探索は、若年期のような“外への挑戦”ではなく、
“内なる再定義”を伴うものである。
シャインのキャリアアンカー理論に照らせば、
田代さんの核となる価値観は「安定」「組織への忠誠」「技術的専門性」である。
だが、会社がジョブ型制度を導入しはじめ、組織内の安定が揺らぐ中で、
彼のキャリアアンカーもまた根底から問い直されている。
サビカスのキャリア構成理論では、キャリアとは「人生の物語」である。
田代さんの物語は、長年の努力と忠誠によって積み上げられた“組織内の物語”だった。
その物語が終章を迎えつつあるいま、彼は“次の章”をどう描くかを模索している。
この再構成のプロセスこそが、まさにキャリア相談における核心部分となる。
4.支援の焦点 ― 「貢献の再定義」と「心理的安全」
キャリアコンサルタントとして、まず大切なのは「焦りの奥にある価値」を丁寧に聴くことである。
田代さんの場合、「役職を失う不安」の裏には、「これまで築いてきた自分の存在意義が薄れる恐れ」が潜んでいた。
彼が本当に望んでいるのは昇進ではなく、「必要とされ続けたい」という承認欲求と貢献欲求の回復だった。
ここでの支援の方向性は、“昇進以外の成長”を見える化することである。
たとえば、
・後進育成や知識伝承の役割を「次世代を支える仕事」として意味づけ直す。
・ライフラインチャートを用い、過去の成功体験とモチベーションの源泉を再確認する。
・「自分の経験を誰かに渡すこと」そのものを、キャリアの完成形と捉え直す。
また、ジェラットの「積極的不確実性理論」が示すように、
変化を完全にコントロールすることはできないが、
不確実性を受け入れ、そこから学びを得る姿勢がキャリア成熟を促す。
“わからない未来”を恐れるのではなく、“探求できる余白”として受けとめること。
その心理的柔軟性が、氷河を溶かす最初の陽光になる。
5.結語 ― “支える側のキャリア”という成熟
ミドル層のキャリア迷走は、単なる閉塞ではない。
それは、社会や組織の構造変化に合わせて「意味づけを更新する」ための通過儀礼でもある。
田代さんが次第に語りはじめた言葉――
「部下が育つのを見るのがうれしい」――
そこには、自己実現から他者実現へと移る成熟の萌芽が見える。
支える側に回ることは、衰退ではない。
それは、“貢献の再定義”を通じて生まれ変わる新たなキャリアの始まりである。
ミドル層がこの変化を受け入れたとき、組織もまた、次の進化を遂げるのだろう。
文:caritabito