お昼時、なんとなくテレビをつけた。
その右上に「大谷1番DH3本塁打」の文字が浮かんでいた。
最近は打撃の調子が落ちているという報道が続いていたので、先日の屋外でのバッティング練習が転機になったのだろうかと感じた。
その下には「6 0/3回無失点 10奪三振」。
一瞬、頭の中で数字が噛み合わなかった。
――今日は、投手・大谷なのか?
その通りだった。
投げては10奪三振、打っては3本のホームラン。
一人の選手が一試合の主役どころか、チーム全体を牽引していた。
最後は佐々木がリリーフで締め、ドジャースはポストシーズンを勝ち上がる。
MVPはもちろん大谷。
まるで漫画のような光景が、現実として目の前の画面で展開されていた。
表彰台に立った大谷のインタビューは静かで、粋だった。
「みんながそれぞれの持ち場で力を発揮した結果です。自分はその代表として選ばれただけです。」
飾り気のない言葉が自然に出てくる。
そこに誇張も虚勢もない。
ただ、仲間を思う心と、努力を当然のこととして積み上げてきた人の静かな自信だけがあった。
人は、才能に驚き、記録に感嘆する。
しかし彼を見ていると、それ以上に「人としてどう在るか」ということを考えさせられる。
結果を誇らず、感謝を忘れず、淡々と自分の役割を果たす。
その姿は、勝負の世界にいながら、競争や比較の先にある“静けさ”を感じさせる。
それはもう、人間の卑しさや欲を超えた、「神の領域」に近いのかもしれない。
テレビを消したあと、しばらくその余韻が残った。
自分の持ち場で、どれほど真摯に向き合えているだろうか。
大谷翔平という存在は、ただのスポーツスターではない。
私たち一人ひとりの中にある“理想の在り方”を、静かに映し出しているのだ。
文:caritabito