橋がかけられてから、さらに幾世代も時が流れた。
「対決の村」も「包摂の村」も、もはや昔の名残にすぎず、人々は互いに行き来し、結婚し、働き、区別なく暮らすようになっていた。

子どもたちは橋の上で遊びながら育った。
「ここはどっちの村?」と尋ねると、大人たちは微笑んで答えた。
「もう、どちらでもない。ここは“わたしたちの国”だよ」

ある年、若者たちが声を上げた。
「もう村ごとに集会をする時代じゃない。
みんなが一つになって、新しい仕組みを作ろう」

年老いた長老たちは少し戸惑ったが、やがてうなずいた。
「そうだな。かつては“包摂”と“対決”を分けて考えた。
けれど今は、両方を知る世代が育った。お前たちに任せよう」

新しい仕組みでは、集会の場が広場にひとつだけ設けられた。
普段は包摂の灯がともり、皆が時間をかけて話し合った。
だが非常時には「決断の鐘」が鳴らされ、対決型のリーダーたちが即断即決を担った。
その役割は持ち回りで、特定の人に権力が集中することはなかった。

子どもたちは自然と学んだ。
「違いを認め合うことは普段の力。
早く決めることは緊急の力。
どちらも必要だけど、どちらも大きすぎてはならない」と。

やがて、この仕組みを学びたいと、遠くの谷からも人々が訪れるようになった。
彼らはこう言った。
「我々の国では、対決ばかりが先に立ち、人々が分かれてしまった。
あなたたちはどうやって、二つの火を共に灯したのか?」

すると若者の一人が答えた。
「火を消すのではなく、火を置く場所を変えたのです。
大きな松明にすれば皆を焼き尽くす。
けれど小さな灯りにすれば、闇を照らす助けになる。
わたしたちはそれを橋の上で学びました」

年月が経ち、新しい国は「子どもたちの国」と呼ばれるようになった。
それは、子どもが自由に遊び、学び、未来を描ける場所であると同時に、
大人たち自身が「学び続ける子ども」であることを忘れなかったからである。

人々はこう語り継いだ。
「包摂の村は人をつなぎ、対決の村は人を動かした。
二つを融合した国は、人を育てる国となったのだ」と。

文:caritabito

投稿者

caritabito

寓話『対決の火と包摂の灯 ― 子どもたちの国』件のコメント

  1. あとがき ― 三つの寓話を終えて

    三部作では「対決」と「包摂」という二つの炎を描きました。
    勝ち負けを競う対決の村は荒れ、調和を重んじる包摂の村は静かに発展しました。
    嵐に直面して二つの村は橋をかけ、やがて子どもたちは「日常は包摂、非常時は対決」という新しい国をつくりました。

    この寓話は、社会や人の生き方を映す鏡です。
    対決の火は必要ですが、大きすぎれば分断を生みます。
    包摂の灯を基調にしつつ、対決の火を小さく制御して使う――。
    その知恵こそが未来を支えるのだと思います。

    caritabito

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