一
あの旅人が二つの村を訪れてから、幾世代もの時が流れた。
かつての「対決の村」はすっかり荒れ果て、人影もまばらだった。
「包摂の村」は穏やかに発展していたが、進歩は遅く、若者の中には「もっと速く進みたい」と焦りを口にする者も出てきた。
ある日、川の上流で大きな嵐が起き、堤防が壊れ、両方の村を洪水が襲った。
包摂の村の人々は皆で助け合い、互いを支えたが、水の勢いは強く、堤防を直すには迅速な行動が必要だった。
二
そのとき、忘れられていた対決の村から、少数の人々が現れた。
彼らは強い声で叫んだ。
「右か左か、やるかやらぬか、今すぐ決めよ!」
普段なら包摂の村の人々は耳を傾けるのに時間をかける。
だがそのときばかりは、議論をしている暇はなかった。
対決の村の人々はすぐに隊列を組み、石を積み上げ、堤防の穴をふさいでいった。
包摂の村の人々はそれを見て驚き、そして気づいた。
「彼らの“即断”は、災害のときにこそ役立つのだ」と。
三
洪水が収まり、両方の村の人々が集まった。
包摂の村の長老が言った。
「われらは互いを受け入れる力を持っている。だが緊急のときには、即断即決も必要だ。
対決の村の炎を、大きな権力ではなく、小さな松明として持たせればよいのではないか」
すると対決の村の若者が応じた。
「我らも学んだ。勝つことばかりを求めれば荒廃する。
けれども命を守る場面でなら、その声の大きさを使える。
ならば、この力を狭い役割に閉じ込め、必要なときだけ差し出そう」
四
こうして両方の村は初めて川に橋をかけた。
「包摂の村」は橋を通じて「対決の村」の人々を呼び、
「対決の村」は橋を通じて「包摂の村」の灯火を学んだ。
日常の暮らしは包摂の村のやり方で続けられた。
一方で、嵐や疫病など急を要する事態が起きれば、対決の村の人々が前に出て力を発揮した。
五
年月が経ち、人々はこう語り継ぐようになった。
「対決の火は一瞬で燃え上がる。包摂の灯は長く照らし続ける。
未来を築くには、包摂を基調としながら、その隅に小さな対決の火を置けばよい」と。
旅人の日誌に書かれた言葉は、今や子どもたちへの教訓となった。
そして橋の上ではいつも、両方の村の子どもたちが遊び、互いの言葉を覚えていた。
六
社会に必要なのは、包摂の安らぎと、対決の瞬発力。
どちらか一方ではなく、両方を適所に生かす知恵こそが、未来を支える。
二つの村をつなぐ橋は、やがて「成熟の橋」と呼ばれるようになった。
文:caritabito