むかしある国に、一つの砂時計がありました。
しかしその砂時計は、いつからか砂を落とすのをやめてしまっていました。
上にも下にも砂はあるのに、動きが止まっている。
人々は不思議がり、そして恐れました。
「砂が落ちてくれないと、次の時刻が始まらない。未来が来ないのだ」
けれど砂時計自身は、もっと深い不安を抱えていました。
「私はどの瞬間に再び動き出すのだろう。どんな未来へ砂を刻むのだろう。止まっている今こそが、最も重たいのではないか」
ある日、旅人がやってきて砂時計に語りかけました。
「なぜ動けないことをそんなに恐れるのか。
砂が落ちれば時は進む。だが進んでしまえば、戻ることはできない。
いま止まっている間にこそ、あなたは自らの“在りよう”を見つめられるのではないか」
砂時計は黙りました。
止まっていることが不安だったが、止まっているからこそ、未来に向けた覚悟を整える時間が与えられているのかもしれない。
やがて再び砂が落ち始めたとき、砂時計はもう迷いませんでした。
未来がどうなるかではなく、いま動き出すこの瞬間を、ただ受け止めようと思えたからです。
文:caritabito