「ケセラセラ」と「Let it be」。
一見、似た響きを持ちながらも、その奥底に宿る視線は微妙に異なる。
人が不安や迷いを抱いたとき、この二つの言葉が差し出す処方箋は、まるで異なる角度からの光のようだ。
ケセラセラ ― 未来に向ける楽観
「ケセラセラ(Que será, será)」は、スペイン語で「なるようになるさ」と訳される。
その言葉には、まだ形を持たない未来に対する一種の諦観と、同時に朗らかな楽観がある。
子どもの成長、仕事の結果、人生の行方――私たちは常に「どうなるのだろう」という問いを抱きながら歩んでいる。
だが、未来は決して手のひらの中に収まらない。努力や準備はもちろん必要だが、最後の最後は人知を超えた偶然や流れに委ねざるを得ない。
ケセラセラは、その事実を肩の力を抜いて受け入れる言葉だ。
「未来は未来に任せよう」「心配したところで変わらないのだから」――そんな風に、私たちを一歩軽くしてくれる。
たとえば受験や就職活動の直前に、この言葉を口にすれば、不安の霧をほんの少し薄めることができる。
ケセラセラは、未来に対する不安を和らげる魔法の呪文のようなものなのだ。
Let it be ― 現在を包み込む受容
一方、「Let it be(レット・イット・ビー)」は、未来よりも今に寄り添う言葉だ。
直訳すれば「そのままにしておきなさい」。
そこには、現状を無理に変えようとせず、まずは受け入れてみようという姿勢が込められている。
ビートルズの名曲『Let it be』の歌詞に描かれるように、これは嵐の中で心を落ち着けるための祈りにも似ている。
状況は思うようにならないかもしれない。
人間関係の軋轢や、避けられない出来事は確かに存在する。
だが、それに抗うばかりでは疲れてしまう。
そんなとき「あるがままに」という言葉は、心に静けさを取り戻してくれる。
Let it be は未来をあきらめる言葉ではない。
むしろ、今という時間を尊重し、そこにある痛みや喜びを丸ごと抱きしめる言葉である。
未来を夢見るよりも、現状を受け入れる勇気を持つこと。
それがLet it be の力なのだ。
二つの言葉が教えること
ケセラセラは「未来を手放す勇気」。
Let it be は「現在を受け入れる覚悟」。
この二つは決して対立するものではなく、むしろ人生を歩むための両輪のように思える。
私たちの人生は、未来に向けての期待と不安、そして今ここにある現実との葛藤の間に揺れ動いている。
未来をすべて掌握しようとすれば、やがて疲弊する。
逆に現状を受け入れることを拒めば、いつまでも苦しみ続ける。
だからこそ、人は時に「ケセラセラ」と笑い飛ばし、時に「Let it be」と心を落ち着けながら、一歩ずつ進んでいくのだろう。
終わりに
未来に不安を抱えたとき、ケセラセラは背中を軽く押してくれる。
嵐の中で心を乱したとき、Let it be はそっと肩を抱いてくれる。
この二つの言葉を胸に携えていることは、人生を旅するうえでの小さな羅針盤になるのかもしれない。
なるようになる、そして、あるがままに。
その両方を行き来しながら、人はようやく「自分の歩幅」で生きていけるのではないだろうか。
文:caritabito