本日18時、石破総理が辞任を表明された。明日の総裁選前倒し要望書の受付を前に、党の分断を避けるため、あえて前日のこのタイミングを選ばれたのだという。

石破氏は、私にとって身近に感じられる存在でもあった。数年前、地域の集まりで直接ご挨拶をされる姿を拝見し、堂々とした語り口と誠実さに強い印象を受けた。その人物が総裁、そして内閣総理大臣となった時には、胸が高鳴る思いがあった。

しかし、この1年間の政権運営は決して平坦ではなかった。党内基盤の弱さから持論を展開できず、本人も「自分らしさがなくなった」と語られる場面があった。政治の世界は「数は力」。多数決の民主主義においては、理念や理想だけでは前に進めない。どれだけ仲間を得られるかが、最終的にその人の力を左右する。

ここに、政治の本質的な難しさがある。国民にとって魅力的で共感を呼ぶリーダーであっても、組織内での支持が得られなければ、政権を動かす力を持続できない。逆に、仲間を得るために理念を抑え、調和を優先すれば、その人本来の信念が埋没してしまう。これは政治家に限らず、組織で働くすべての人が直面しうるジレンマでもある。

石破氏は、歴史観に裏打ちされた言葉を持ち、庶民に届く語りをする人だった。それだけに、志半ばで退く姿には「惜しい」という思いが拭えない。だが、民主主義とは数と信頼の積み重ねでしか前進できない仕組みだ。

次に選ばれる総裁には、理念と現実のはざまで迷うことなく、国民に信頼される舵取りをしてほしい。極端に傾かず、共感を集め、持続可能な政治を形づくるリーダーであることを願う。

政治は遠い世界の出来事ではない。そこに映し出されるのは、私たち自身の社会の姿である。リーダーに何を求めるのか――その問いは、結局のところ、私たち一人ひとりの選択と責任にかかっている。

文:caritabito