むかし、国境近くに住むひとりの老人がいた。彼の唯一の誇りは、家に飼っていた馬だった。
ある日、その馬がふいに逃げ出してしまった。村人たちは口々に「なんと不幸なことか」と嘆いたが、老人は静かに「それが幸か不幸かは、まだわからん」と答えた。
しばらくして、逃げた馬は立派な駿馬を連れて戻ってきた。今度は村人たちが「なんと幸運なことか」と歓声をあげると、老人はまた「それが幸か不幸かは、まだわからん」とつぶやいた。
ところが、その駿馬に乗っていた息子が落馬し、大怪我を負ってしまう。再び村人たちは「不幸だ」と嘆いた。だが老人は同じ言葉を繰り返した――「それが幸か不幸かは、まだわからん」。
やがて戦が起こり、若者たちは次々と徴兵され、多くが命を落とした。足を怪我していた息子は兵役を免れ、命を長らえることができた。幸と不幸はくるくると入れ替わり、先のことは誰にも読めない。
この寓話は、いまを生きる私たちにも通じる。
私自身、思いがけぬ異動を経験し、不安に駆られる日々もあったが、新しい学びや仲間との出会いが世界を広げてくれた。そして試験での挫折すら、次の挑戦を考えるきっかけとなった。
出来事に即座に善悪のラベルを貼らず、「その裏に芽があるかもしれない」と受け止めること。それが変化の時代を歩むための静かな力になるのだろう。
文:caritabito