Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long shot.
——Charlie Chaplin
人生において、どうしようもなく辛い瞬間はある。
努力が報われないとき、自分だけが取り残されたように感じるとき、何を選んでも間違いに思えるとき。
そんなとき、私たちはつい視野が狭くなり、目の前の出来事だけがすべてに見えてしまう。
けれど、時間がたって振り返ると、「あのときがあったから今がある」と思える場面も少なくない。
当時は悲劇にしか見えなかった出来事が、今ではどこか愛おしくさえ感じられることもある。
チャップリンの言葉は、出来事の性質そのものではなく、“見る距離”によって人生の見え方が変わることを示しているように思う。
キャリアの相談を受けていると、まさに“クローズアップ”で生きている人と出会う。
転職活動がうまくいかない、仕事で孤立している、将来の見通しが立たない……そんな不安と焦燥が語られるとき、その言葉の一つひとつが重たく胸に響く。
でも話を丁寧に聞いていくと、見えてくるものがある。
たとえば、その人がこれまで何を大事にしてきたのか。
どんなときに力を発揮してきたのか。
周囲からどんな支えを得ていたのか。
そして、これから何を選んでいきたいのか。
そうした断片をつなぎ合わせていくと、人生が少しずつ“全体像”として浮かび上がってくる。
そして多くの場合、それまで悲劇だと思い込んでいた物語が、まったく違う光の中で語り直されていく。
人にはいくつもの役割がある。
働く自分、家庭の中の自分、趣味を楽しむ自分、学び続ける自分――
その一つがうまくいかないからといって、人生すべてが停滞しているわけではない。
むしろ、別の側面が支えになっていたり、思いがけない方向から風が吹いてくることもある。
また、転機にどう向き合うかは、本人の考え方や周囲の支え方しだいで大きく変わってくる。
だからこそ、一人で抱え込まず、時に誰かと一緒に“全体を見渡す”作業をしてみることが大切なのだと思う。
チャップリンの言葉は、人生の本質をついたユーモアだ。
悲劇を悲劇のままにせず、ほんの少し視点をずらすことで、そこに別の意味や味わいを見つけていく。
私たちは、いつだって物語の途中にいる。
泣いていた場面も、いずれ語るときには笑い話になるかもしれない。
だからこそ、今この瞬間がどんなに苦しくても、人生という全体の中では、ひとつの“場面”でしかないことを忘れずにいたい。
遠くから見れば、人生は少しだけ軽やかに見える。
そう信じて、今日も目の前の語りに耳を傾けている。
文:caritabito